2005年 04月 24日
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△「ネット侍さん」からの投稿
●♪誰が加害者で誰が被害者から【犯罪被害者の過失に焦点を当てるニュースについて考える(3)】までの一連のエントリーに対して、これまで積極的にコメントを寄せて頂いた「ネット侍」さんの考えを整理したメールを頂戴しました。
ご本人にも了解の上、以下のとおり記事としてエントリーします。
あざらしサラダさん、こんにちわ。
ネット侍です。
わたしの考え方を簡潔にまとめると、以下の通りです。
●「パチンコ中、成績票盗難」事件について
(1)まず、記者が「ニュースかどうか」を判断する基準は「法律」や「道徳」ではなく「話題性」である。
(2)「話題性」とはつまり「読者の関心」であって、読者の関心をひくのは「意外性」である。
(3)ところで、公務員や教師、医師、弁護士、銀行員、マスコミなどは「世間の信頼」を前提とした存在である。
(4)したがって、これらの職種の人たちが起こす不祥事には「意外性」がある。
(5)結論として、教師らの不祥事は「ニュース」である。
問題の記事は「車上荒らし」被害が背景になっているけれども、車上荒らしはどこにでもある話であって「意外性」はないから、それだけでは記事にならなかったでしょう。
この記事が書かれたのは純粋に、「信頼」を前提とする「教師」が、パチンコ中に成績票を紛失するという「不祥事」を起こしたからではないでしょうか。
逆に言えば、世間の誰もが「教師は信用ならない」と思っているなら「意外性」はないわけだから、記事にもならない。とすると、この事件がニュースになったのは教師という存在が世間から今でも信頼されているから。ならば、こうした記事に「ほとんどの教師は真面目な人なのに」という反発が起きるのも、ある意味で当然のことなのでしょう。
あざらしサラダさんは当初、この記事を「不祥事」でなく「事件」を報じたものとして読んだのでしょう。だから「被害者が加害者扱いされている」という問題意識を持ったと。 その問題提起自体は有意義なものだったと思いますが、そこに「教師を叩きたがるマスコミ」という先入観が入り込んだことで、論点がありがちな「マスコミ糾弾」調の方向にずれてしまったような気がします。
>記事からは「成績控えなどの個人情報を車内に置いたままパチンコをしている教諭はけしからん」という記者の個人的な「意見」がひしひしと感じられます。
>マスコミは、すでに反省して謝罪もしている犯罪被害者を、どうしてさらに叩く必要があるのでしょう。
>盗まれた教諭に「けしからん」と言う以上、新聞記者はみな、取材の過程で知り得た個人情報などは、決して犯罪被害に遭わないように肌身離さずに持ち歩いている、ということですか。
といった箇所ですね。
こうなってしまうと「何がニュースなのか」「どう報じるべきなのか」といった建設的な論議よりも、これを書いた記者(あるいは新聞記者一般)への批判に重点が移ってしまう。ちょうど、問題の記事が「学校における個人情報保護の在り方」に焦点を当てるべきなのに「教師個人を叩いて終わっている」とあざらしサラダさんが思われたのと同じ状況が起きてしまったのです。
また、本来のマスコミ論の中に「教師叩きに対する疑問」が混じり込んだことで、「教師は謝罪しているのに」とか「じゃあ記者はどうなんだ」といった感情論が表に出てしまった。こうなると、わたしが朝日記者を例にとった架空記事を提示した次の記事・・・
取材先の個人情報を盗難 朝日記者がパチンコ中に
朝日新聞前橋支局の50代の記者が、パチンコ中に乗用車を荒らされ、取材した市民38人分の個人情報を盗まれていたことが26日、分かった。
同支局によると、記者は22日午後5時半ごろ、帰宅途中に市内のパチンコ店駐車場に車を止め、約1時間後に車に戻ると、助手席の窓ガラスが割られていた。記者は前橋市長の汚職疑惑を取材しており、盗まれた資料には、非公表を条件に取材に応じた住民や市役所関係者の住所氏名のほか、取材内容のメモなどが含まれていた。
記者は支局長とともに関係者に事情を説明し、謝罪しているという。
・・・を提示して、「これも報道する必要ないのですか」と問うた場合、あざらしサラダさんも明確に答えなくてはならなくなる。(本来の論点はそこではないので意地悪なのは承知の上ですが)
それより、何より、そうした感情的な反発に対しては、記者の側から真摯な回答を寄せられることも期待できないでしょう。共同通信のブログで佐々木さんが回答したのは「良い兆候」ですが、論点が不明確なため「加害・被害関係」を整理しただけの紋切り型で終わってしまっている。
読者が批判精神をもってメディアに向き合うのは大事なことですが、最初に「あ、これはマスコミのミスリードだ」と思ったとしても、異なった視点から疑問が寄せられたときには、議論を重ねた上で、ある一定の「決着」を付ける必要はあると思います。そうでないと、かっぱさんのおっしゃる「言い放し」になってしまうのではないかと。
●「三重県ノートPC盗難事件」について
この記事は、スタイルからして初報ではないと思います。世間の関心が低いニュースはストレートニュース1本で終りますが、タイムリーな話題だったりすると、主な記事の脇に解説や背景説明の記事がつくことがあります。あるいは「続報」という形で、同じ日の夕刊や翌日の朝刊に関連記事が出ることも。中日の記事はこれらのどれかでしょう。
エントリーで比較のために紹介されている他の記事はストレートですね。だから記事の分量も少ないし、淡々と書かれている。紙面上なら、関連記事はそれと分かる位置に掲載されますが、ネットに流れると一般読者には区別が付かないから、扱いの違いに「記者の偏見」を読み取ってしまうかも知れません。
比較する場合は、同じスタイルの記事を集めたほうが、より客観的になると思います。
ご本人にも了解の上、以下のとおり記事としてエントリーします。
あざらしサラダさん、こんにちわ。
ネット侍です。
わたしの考え方を簡潔にまとめると、以下の通りです。
●「パチンコ中、成績票盗難」事件について
(1)まず、記者が「ニュースかどうか」を判断する基準は「法律」や「道徳」ではなく「話題性」である。
(2)「話題性」とはつまり「読者の関心」であって、読者の関心をひくのは「意外性」である。
(3)ところで、公務員や教師、医師、弁護士、銀行員、マスコミなどは「世間の信頼」を前提とした存在である。
(4)したがって、これらの職種の人たちが起こす不祥事には「意外性」がある。
(5)結論として、教師らの不祥事は「ニュース」である。
問題の記事は「車上荒らし」被害が背景になっているけれども、車上荒らしはどこにでもある話であって「意外性」はないから、それだけでは記事にならなかったでしょう。
この記事が書かれたのは純粋に、「信頼」を前提とする「教師」が、パチンコ中に成績票を紛失するという「不祥事」を起こしたからではないでしょうか。
逆に言えば、世間の誰もが「教師は信用ならない」と思っているなら「意外性」はないわけだから、記事にもならない。とすると、この事件がニュースになったのは教師という存在が世間から今でも信頼されているから。ならば、こうした記事に「ほとんどの教師は真面目な人なのに」という反発が起きるのも、ある意味で当然のことなのでしょう。
あざらしサラダさんは当初、この記事を「不祥事」でなく「事件」を報じたものとして読んだのでしょう。だから「被害者が加害者扱いされている」という問題意識を持ったと。 その問題提起自体は有意義なものだったと思いますが、そこに「教師を叩きたがるマスコミ」という先入観が入り込んだことで、論点がありがちな「マスコミ糾弾」調の方向にずれてしまったような気がします。
>記事からは「成績控えなどの個人情報を車内に置いたままパチンコをしている教諭はけしからん」という記者の個人的な「意見」がひしひしと感じられます。
>マスコミは、すでに反省して謝罪もしている犯罪被害者を、どうしてさらに叩く必要があるのでしょう。
>盗まれた教諭に「けしからん」と言う以上、新聞記者はみな、取材の過程で知り得た個人情報などは、決して犯罪被害に遭わないように肌身離さずに持ち歩いている、ということですか。
といった箇所ですね。
こうなってしまうと「何がニュースなのか」「どう報じるべきなのか」といった建設的な論議よりも、これを書いた記者(あるいは新聞記者一般)への批判に重点が移ってしまう。ちょうど、問題の記事が「学校における個人情報保護の在り方」に焦点を当てるべきなのに「教師個人を叩いて終わっている」とあざらしサラダさんが思われたのと同じ状況が起きてしまったのです。
また、本来のマスコミ論の中に「教師叩きに対する疑問」が混じり込んだことで、「教師は謝罪しているのに」とか「じゃあ記者はどうなんだ」といった感情論が表に出てしまった。こうなると、わたしが朝日記者を例にとった架空記事を提示した次の記事・・・
取材先の個人情報を盗難 朝日記者がパチンコ中に
朝日新聞前橋支局の50代の記者が、パチンコ中に乗用車を荒らされ、取材した市民38人分の個人情報を盗まれていたことが26日、分かった。
同支局によると、記者は22日午後5時半ごろ、帰宅途中に市内のパチンコ店駐車場に車を止め、約1時間後に車に戻ると、助手席の窓ガラスが割られていた。記者は前橋市長の汚職疑惑を取材しており、盗まれた資料には、非公表を条件に取材に応じた住民や市役所関係者の住所氏名のほか、取材内容のメモなどが含まれていた。
記者は支局長とともに関係者に事情を説明し、謝罪しているという。
・・・を提示して、「これも報道する必要ないのですか」と問うた場合、あざらしサラダさんも明確に答えなくてはならなくなる。(本来の論点はそこではないので意地悪なのは承知の上ですが)
それより、何より、そうした感情的な反発に対しては、記者の側から真摯な回答を寄せられることも期待できないでしょう。共同通信のブログで佐々木さんが回答したのは「良い兆候」ですが、論点が不明確なため「加害・被害関係」を整理しただけの紋切り型で終わってしまっている。
読者が批判精神をもってメディアに向き合うのは大事なことですが、最初に「あ、これはマスコミのミスリードだ」と思ったとしても、異なった視点から疑問が寄せられたときには、議論を重ねた上で、ある一定の「決着」を付ける必要はあると思います。そうでないと、かっぱさんのおっしゃる「言い放し」になってしまうのではないかと。
●「三重県ノートPC盗難事件」について
この記事は、スタイルからして初報ではないと思います。世間の関心が低いニュースはストレートニュース1本で終りますが、タイムリーな話題だったりすると、主な記事の脇に解説や背景説明の記事がつくことがあります。あるいは「続報」という形で、同じ日の夕刊や翌日の朝刊に関連記事が出ることも。中日の記事はこれらのどれかでしょう。
エントリーで比較のために紹介されている他の記事はストレートですね。だから記事の分量も少ないし、淡々と書かれている。紙面上なら、関連記事はそれと分かる位置に掲載されますが、ネットに流れると一般読者には区別が付かないから、扱いの違いに「記者の偏見」を読み取ってしまうかも知れません。
比較する場合は、同じスタイルの記事を集めたほうが、より客観的になると思います。
by azarashi_salad | 2005-04-24 13:35 | 健康
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