2012年 02月 09日
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【転載情報】岩手に行って来ました。岩手の方から伺った話です。
FBからの転載情報です。
岩手に行って来ました。岩手の方から伺った話です。
自分は最初「無知の知」という言葉をスローガンに放射能広域拡散ガレキ問題に関わりました。 その結果、頭でっかちになっていた様に感じます。数字や法律と睨めっこしている内に本質を忘れかけていた。正直数字のトリックに陥りそうでした。今回岩手に行った理由も実はそこにあります。実情を知らずに情報を並べたてても言葉に真実味を自身が感じられなかった。実際被災地で見て感じ確かめる事でしか、このモヤモヤは解消出来ないだろうと。ひょっとすると受け入れることが被災地と僕等の為になるかもしれない、その怖さを背負っての岩手行きでした。
誰もがあの瓦礫の山と津波にさらわれ、基礎だけになった街をみれば瓦礫を何とかしたくなる気持ちは理解できました。ですが、地元岩手の人と話して確信した事は、瓦礫が片付いても被災地の復興も心安まる日常もあり得ないということ。被災地の方には自分達で生活(仕事や家族と暮らす)して行く為に必要なものは仕事なのです。被災された方が何に困っているか、何故声を出せないか。それは生活するお金が必要だからです。お金を口にすることに後ろめたさを感じてるんです。
被災地では放射能汚染はないと殆どの人が思っていました。(若しくは知っているけど語らない)それは地元では報道されないからです。放射能関連のニュースは宮城でも岩手でも聞きませんでした。ですが岩手に発つ直前に静岡県島田市で測った線量は0.05-0.06μSv/h程度でした。岩手がれき仮置き場の検体した木材チップ周りでは0.09-0.18μSv/h。静岡に戻って自分の周囲は0.1μSv/hです。 被災地の方に早く知らせてあげたい。
現地で焼却炉を作る土地がないと受入容認する人達は言っていますが、土地はありました。乱暴な言い方ですが、いざとなれば山を切り崩してでも造れるのです。そこまでしなくても造れると思いますが。 かつて住んでいた海際の土地はガレキがなくなったところで住めないと現地の人も言っています。家をリフォームして今も海際で暮らしている人もいますが、仮設住宅や避難所で生活するよりマシだからだそうです。出来ることなら仕事のある盛岡に出て生活したいと話しています。
仮設で生活しているのは、お年寄りと、年老いた親を一人に出来ない心優しい人達です。しかし、その方々も避難所に戻りたいと話していました。仮設は寒くて暑くて寂しいんだそうです。よく避難所生活の中でストレスで早く出たいという話を聞きますが、その段階は現在は終わり仮設で暮らす孤独感とすぐに病院に行けない不安や仮設で暮らすことでかさむ生活費を考えると避難所生活を選ぶのだそうです。(家賃こそないにせよ光熱費や日用品は自腹)漁師が多く漁ができないため出稼ぎに出る。
漁をしても水揚げする場所がない為に他県の港に水揚げされています。話を伺ったある60代の方は正しく食品のベクレル表示をしてくれれば自分達が汚染された食品を食べて漁師の生活を成立させ、子どもや孫には安全なものを食べさせたい。と覚悟を話してくれました。また、親戚や知人を頼って自主避難された方も長く居ることに気兼ねして戻ってくるのだそうです。
必要なことは自立して生活が出来る雇用です。私が行った仮置き場で働く人は全体で180名程度。地元雇用が30名程度150名は被災された町以外からです。確かに専門的技術も必要でしょう。しかしそれは地元の方に教えてあげればよいのです。地元民が自立して生活出来る仙台方式が正しいのです。時間がかかるという事は雇用が続く事になるのです。雇用が生まれたら生活が出来ます。生活が出来れば希望が生まれます。
タクシー運転手がボソッと呟きました。来年度の岩手の予算は1兆円を超えたけど、県民から反対されて作った立派な競馬場は赤字だらけ、無駄に多いダムを更にもう一基造る。村がまた、沈むんだよなぁ。岩手県はハナから被災地を助けるつもりは無いとしか思えない。これが、僕が実際に観て地元の方に聞いてきたこと事です。地元の方に話を伺える様に間を取り持って頂いたタクシー運転手に感謝いたします。
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岩手に行って来ました。岩手の方から伺った話です。
自分は最初「無知の知」という言葉をスローガンに放射能広域拡散ガレキ問題に関わりました。 その結果、頭でっかちになっていた様に感じます。数字や法律と睨めっこしている内に本質を忘れかけていた。正直数字のトリックに陥りそうでした。今回岩手に行った理由も実はそこにあります。実情を知らずに情報を並べたてても言葉に真実味を自身が感じられなかった。実際被災地で見て感じ確かめる事でしか、このモヤモヤは解消出来ないだろうと。ひょっとすると受け入れることが被災地と僕等の為になるかもしれない、その怖さを背負っての岩手行きでした。
誰もがあの瓦礫の山と津波にさらわれ、基礎だけになった街をみれば瓦礫を何とかしたくなる気持ちは理解できました。ですが、地元岩手の人と話して確信した事は、瓦礫が片付いても被災地の復興も心安まる日常もあり得ないということ。被災地の方には自分達で生活(仕事や家族と暮らす)して行く為に必要なものは仕事なのです。被災された方が何に困っているか、何故声を出せないか。それは生活するお金が必要だからです。お金を口にすることに後ろめたさを感じてるんです。
被災地では放射能汚染はないと殆どの人が思っていました。(若しくは知っているけど語らない)それは地元では報道されないからです。放射能関連のニュースは宮城でも岩手でも聞きませんでした。ですが岩手に発つ直前に静岡県島田市で測った線量は0.05-0.06μSv/h程度でした。岩手がれき仮置き場の検体した木材チップ周りでは0.09-0.18μSv/h。静岡に戻って自分の周囲は0.1μSv/hです。 被災地の方に早く知らせてあげたい。
現地で焼却炉を作る土地がないと受入容認する人達は言っていますが、土地はありました。乱暴な言い方ですが、いざとなれば山を切り崩してでも造れるのです。そこまでしなくても造れると思いますが。 かつて住んでいた海際の土地はガレキがなくなったところで住めないと現地の人も言っています。家をリフォームして今も海際で暮らしている人もいますが、仮設住宅や避難所で生活するよりマシだからだそうです。出来ることなら仕事のある盛岡に出て生活したいと話しています。
仮設で生活しているのは、お年寄りと、年老いた親を一人に出来ない心優しい人達です。しかし、その方々も避難所に戻りたいと話していました。仮設は寒くて暑くて寂しいんだそうです。よく避難所生活の中でストレスで早く出たいという話を聞きますが、その段階は現在は終わり仮設で暮らす孤独感とすぐに病院に行けない不安や仮設で暮らすことでかさむ生活費を考えると避難所生活を選ぶのだそうです。(家賃こそないにせよ光熱費や日用品は自腹)漁師が多く漁ができないため出稼ぎに出る。
漁をしても水揚げする場所がない為に他県の港に水揚げされています。話を伺ったある60代の方は正しく食品のベクレル表示をしてくれれば自分達が汚染された食品を食べて漁師の生活を成立させ、子どもや孫には安全なものを食べさせたい。と覚悟を話してくれました。また、親戚や知人を頼って自主避難された方も長く居ることに気兼ねして戻ってくるのだそうです。
必要なことは自立して生活が出来る雇用です。私が行った仮置き場で働く人は全体で180名程度。地元雇用が30名程度150名は被災された町以外からです。確かに専門的技術も必要でしょう。しかしそれは地元の方に教えてあげればよいのです。地元民が自立して生活出来る仙台方式が正しいのです。時間がかかるという事は雇用が続く事になるのです。雇用が生まれたら生活が出来ます。生活が出来れば希望が生まれます。
タクシー運転手がボソッと呟きました。来年度の岩手の予算は1兆円を超えたけど、県民から反対されて作った立派な競馬場は赤字だらけ、無駄に多いダムを更にもう一基造る。村がまた、沈むんだよなぁ。岩手県はハナから被災地を助けるつもりは無いとしか思えない。これが、僕が実際に観て地元の方に聞いてきたこと事です。地元の方に話を伺える様に間を取り持って頂いたタクシー運転手に感謝いたします。
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by azarashi_salad | 2012-02-09 20:43 | 健康
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