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▲酷い「見出し」だ

a0008617_1445824.gif●<新幹線遅れる>女児が車両とホームにはさまる 東京駅(毎日新聞) - 5月31日12時29分更新

 31日午前8時40分ごろ、東京都千代田区丸の内1のJR東京駅の東海道新幹線ホームで、到着した三島発東京行きの上り新幹線から降りようとした女児が、車両とホームとのすき間(幅約20センチ)にはさまった。女児は係員に助けられ、けがはなかった。
 JR東海によると、女児は3歳ぐらい。運転士が後続が入って来ないよう、品川駅までの上下線を停電させる運転席内のスイッチを押したため、上下線38本が最大43分遅れ、約4万2000人に影響した。


●新幹線ホームに女児挟まれる、救助作業で遅れ…東京駅(読売新聞) - 5月31日12時38分更新

 31日午前8時40分ごろ、JR東京駅の東海道新幹線ホームで、女児が、到着した三島発東京行き「こだま706号」(16両編成)から降りる際、足を踏み外し、車両とホームのすき間(幅約20センチ)に挟まれた。
 駅員らは、安全確保のため東京―品川間を停電させて、女児を救出。女児にけがはなかった。
 新幹線は約30分後に運転を再開したが、上下線計38本が11~43分遅れ、約4万2000人に影響が出た。


●ホームのすき間に女児はさまる 新幹線に乱れ 東京駅(asahi.com:2006年05月31日)

 31日午前8時40分ごろ、東京都千代田区のJR東京駅で、到着した三島発のJR東海道新幹線「こだま706号」(16両編成)から降りようとした女児が、ホームとのすき間(約20センチ)に下半身がはさまった。女児は駅の係員に救出され、けがはなかった。
 JR東海によると、運転士が安全のため、周辺を強制停電させるスイッチを作動させたため、東海道新幹線は東京―品川駅間が約30分間不通になった。38本が43~11分遅れ、約4万2千人に影響した。


○上の記事は、いずれも今朝JR東京駅の新幹線ホームで起きた事故についてのものである。

 これらの記事で伝えている内容は、「女児が新幹線車両とホームの間に挟まった」「女児は駅員に救出され怪我はなかった」「救出作業のため新幹線に遅れが生じた」の3点。
 しかし、どの「見出し」を見ても「女児が挟まった」ことと「新幹線に遅れが出た」ことは伝えているが、肝心の「女児に怪我がなかった」ことについては一切触れていない。

 一般に、記事の「見出し」では記事中の最も伝えたい内容を強調するものだが、ということは、どのマスコミも「女児に怪我がなかった」ことより「新幹線に遅れが出た」ことの方を重視しているということに他ならない。

 『<無事救出>新幹線ホームに女児挟まれる、救助作業で遅れも…東京駅』では、どこが不都合なのだろう、それとも<無事救出>ではニュースにならないということか。
 だとすれば、この女児とその家族や救出に当たったJR職員に対して、失礼極まりない話だと思う。

 尼崎脱線事故の際、マスコミ各社はあれほど「スピード、効率より安全優先を」とJR西をバッシングしていたにもかかわらず、こうした状況を見ると、本当に「ダイヤの遅れより命が大事」と考えているのか疑問に思えて仕方がない。

 毎日、毎日、事件や事故ばかりを扱っていると感覚が麻痺してくると聞くが、「命の大切さ」を説く前に、まずは自らの感覚を省みた方がいい。

○しかも下の続報によると、どうやら「女児」ではなくて「男児」だったらしい、笑。
 「人命」よりも「ダイヤの遅れ」にばかり注目しているから、こうしたミスを犯すのではないだろうか。

●新幹線ホームから男児転落、救助作業で遅れ…東京駅(読売新聞) - 5月31日16時9分更新

 31日午前8時40分ごろ、JR東京駅の東海道新幹線ホームで、到着した三島発東京行き「こだま706号」(16両編成)から降りた男児が、車両とホームのすき間(幅約20センチ)から転落した。
 駅員らは、安全確保のため東京―品川間を停電させて、男児を救出。男児にけがはなかった。
 新幹線は約30分後に運転を再開したが、上下線計38本が11~43分遅れ、約4万2000人に影響が出た。

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by azarashi_salad | 2006-05-31 18:46 | 社会 <:/p>

△社会保険庁と損保ジャパンの意外な共通点

●ノルマ最優先 転換促す 損保ジャパン処分(2006年5月26日 読売新聞)

 金融庁が25日、損害保険ジャパンに厳しい処分を下した背景には、本来最も重視すべき契約者保護をおろそかにして、新規の契約獲得を最優先する営業至上主義という保険業界の古い体質を改めさせる狙いがある。保険業界では、明治安田生命保険や損保26社の保険金不払い問題が発覚するなど不祥事が相次いで表面化し、業界の意識改革は一向に進んでいないことが浮き彫りになった。保険会社に対する一連の処分で、旧来のノルマ営業から決別し、顧客の信頼回復を果たせるかどうかは不透明だ。


○先日のエントリー(▲戦略なき目標設定が不正行為を生む)で社会保険庁の不正行為について取り上げたが、上で紹介する損保ジャパンの不祥事と驚くほど共通点が多い。
 小泉首相が、鳴り物入りで民間出身初の社会保険庁長官として抜擢した村瀬氏が、出身元の損保ジャパンから社会保険庁に持ち込んだのは一体何だったのだろうか。

 上の記事によると、不祥事が続発した原因について損保ジャパンは「目標と(営業現場の)実態が乖離(かいり)していた」と述べたそうだが、社会保険庁の不祥事についても同じことが言えるのではないか。
 つまり、組織のトップが現場の実態を正しく把握せず、具体的な戦略を現場に丸投げしたまま数値目標ばかり掲げるから、こうした不正行為が生まれたとはいえないか。

○損保ジャパンでは、本社が設定する高い目標を現場がクリアすることは厳しさを増していることを承知の上で、平野社長が支店長クラスにまで電子メールを送りつけて「(販売目標は)必ず達成するように強力な取り組みをお願いしたい」などと圧力をかけていたという。
 社会保険庁でも、村瀬長官が各地方事務局に対して「言い訳無用」「結果を出せ」と同様の通達を出しており、まさに損保ジャパンと同じような圧力が現場にかけられていたのではないだろうか。

 このため、損保ジャパンでは「複数の拠点では、社員が契約者に無断で印鑑を押して自動車保険の契約を継続させるなどの不正行為は2970件に上った」といい、契約継続と免除申請の違いこそあれ、結果を出すために不正な処理を行うという、まさに社会保険庁の事例と同様の行為が行われていた。

 こうした不祥事について、損保ジャパンの平野社長は「当時は妥当な目標と考えていたが、結果的に高かった。反省している」と責任を認めたものの、自らの進退については「経営陣の責任の問題は、複数の弁護士と相談し服務規程に照らして決めた」と述べるにとどまり、現場の担当者は処分したのに組織のトップが責任を取らないあたりも社会保険庁の場合と共通している。

○最後に、上の記事では損保ジャパンの不祥事再発防止について「経営陣や営業現場が古い体質から脱却し、契約者重視の経営にかじを切らない限りは、再発防止策を掲げても、“元のもくあみ”になりかねない」と指摘しているが、社会保険庁に対しても「厚生労働省や社会保険庁が古い体質から脱却し、加入者重視の方針にかじを切らない限りは、再発防止策を掲げても、“元のもくあみ”になりかねない」と全く同じことが言えるのではないだろうか。
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by azarashi_salad | 2006-05-29 20:16 | 社会 <:/p>

▽愛「国」心よりも愛「人」心の方が重要ではないか

●教育基本法改正案 愛国心教育、小泉首相「評価必要ない」(毎日新聞) - 5月25日

 教育基本法改正案は24日の衆院教育基本法特別委員会で実質審議が始まり、「愛国心」をめぐる表現や、教育現場への影響を中心に議論が行われた。政府案に盛り込まれた「我が国と郷土を愛する態度」を養う教育が、内心の自由への侵害に当たるとの懸念を野党各党が示したのに対し、政府は「子どもの内心に立ち入って(愛国心があるかどうか)評価するものではない」(小坂憲次文部科学相)などと慎重な答弁に終始した。


○教育基本法に「愛国心」という項目を明記すれば、学習指導要領等に盛り込まれるのが分かっていながら「評価するものではない」なんて、教育現場を混乱に陥れるだけの法改正ならやめた方が良い。

 前回のエントリーでも指摘したが、このところの政府方針は、具体的な戦略(方策)を打ち出さずに目標(ノルマ)だけを現場に丸投げする傾向が目につく。

 「愛国心」の問題も「国旗」、「国歌」の時と同様、法案成立までは「強制することはない」と嘯きながら、法改正されれば「通達」かなにかで教育現場に押し付け従わない者は処分、というシナリオが今から目に浮かぶ。

○そもそも、どうして「愛国心」を教育基本法で規制しなければならないのか良く分からない。

 日本社会は、行き過ぎた市場原理主義の浸透により「世界一安全」と言われた社会からジャングルのような弱肉強食の荒廃した社会に変わりつつある。

 これに伴い、人々の心から「強きをくじき弱きを助ける」精神が失われ、小さな子供やお年寄りなどの社会的弱者が犠牲になるような事件が相次いでいる。

 こうした社会をあらためて安全な日本社会を取り戻したいという気持ちは理解できなくもないが、「愛国心」を規制することによって実現できることなのだろうか。

 私は、それよりも家族や隣人など、まずは身近な「人」を愛する教育の方が重要ではないかと思う。
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by azarashi_salad | 2006-05-28 09:38 | 政治 <:/p>

▼戦略なき目標設定が不正行為を生む

●<社保庁不正免除>村瀬長官、報告受けても公表・調査せず(毎日新聞) - 5月26日
 国民年金保険料の不正免除問題で、社会保険庁の村瀬清司長官が昨年7月に板橋社会保険事務所(東京都板橋区)で不正免除が起きていたとの報告を受けながら、公表せず、調査も指示していなかったことが26日、明らかになった。これまで村瀬長官は今年3月に発覚した京都社会保険事務局での問題で初めて不正免除を知ったと答弁していた。最初の時点で公表・調査していれば、多くの不正は防げたとの指摘もあり、今後批判が強まる可能性もある。

○社会保険庁で全国的に納付率の不正操作が行われていた。
 マンション耐震偽装やライブドアの粉飾決済にも勝るとも劣らない不正行為であるにもかかわらず、組織のトップである村瀬長官は、各地方事務局が独自に起こした事件と嘯いている。
 しかし、同様の偽装や粉飾行為が複数の地方事務局で行われていたことからも組織的な不正行為といわれても仕方がないだろう。

 今朝のテレビ報道では、村瀬長官が各地方事務局に対して出した通達に「言い訳無用」「結果を出せ」などの言葉が並んでいたことが報じられていたが、目標達成のための具体的な戦略については現場に丸投げの状態だった。

 いや、あえて戦略をあげるとすれば「免除者対策」や「分母対策」といった、今回の不正行為のヒントとも取れる言葉が並んでおり、とりあえず結果を出すために各地方事務局が不正行為に走ったことは想像に難くない。

 そもそも、国民年金の徴収率が大幅に低下したのは、国会議員や芸能人など一般国民より多くの収入を得ている者の中から未加入者や未払い者が続出し、国民年金に対する信頼が失われたからに他ならない。

 にもかかわらず、そうした国民の年金不信を払拭する戦略を立てないまま、目標ばかりを設定したことがこうした不正行為を生んだのだとすれば、村瀬長官の責任こそ重大ではないだろうか。

○少し前になるが、消費者金融「アイフル」の違法な取立て行為が発覚し営業停止処分を受けたことは記憶に新しい。

●アイフルと同様の違反、今後も発生との認識で対応=金融庁長官(ロイター) - 5月8日
 金融庁の五味広文長官は8日の定例会見で、アイフル<8515.T>が8日から業務停止となったことを受け、「アイフルと同様の違反事例が今後も発生しうるとの認識のもと、緊張感を持って行政をしていく」と語った。

 これらの事件でも、現場の実態を無視して具体的な戦略のないまま目標を設定したことが違法・不正行為の温床になっているのではないだろうか。
 だとすれば、そうした方針を打ち出した組織トップの判断こそ、もっとも罪に問われるべきだろう。

○これらと同様に、下のニュースも非常に気がかりである。

●都税 徴収率上昇97% ネット公売・構造改革 「攻め」の滞納整理(産経新聞) - 5月10日
 滞納税の徴収策に悩む自治体が多い中、東京都の平成17年度の都税徴収率が3年連続で過去最高を更新し、97%台に達することが9日、分かった。景気の回復基調を反映した格好だが、ここ10年間、「攻めの滞納整理」を合言葉に、インターネット公売や組織改正など、あの手この手の徴収作戦を講じてきたことが奏功し、かつて徴収率が全都道府県で最下位だった汚名を返上した。(岡田浩明)

○こちらの報道でも、結果ばかりに注目が集まっているが、結果を出すまでの過程において本当に無理な取立てや数字の粉飾などの不正な行為がなかったか、マスコミはぜひ調査してほしいものである。

 今後は、民間による取締りが始まった駐車違反や現在罰則の導入が検討されているNHK受信料などにおいても、具体的な戦略のないまま現場にノルマばかりを押し付けると同様の不正行為が行われる恐れが十分あり、注意しておく必要があるだろう。
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by azarashi_salad | 2006-05-27 13:23 | 社会 <:/p>

【「豊かさ」について考える】

●格差社会に豊かさ指標を 2006年04月25日

 格差の広がりが争点になっている。「高齢化のせいだ。世帯の少人数化のせいだ」と格差拡大そのものを認めまいとする屁(へ)理屈が横行しているが、身の回りに厳然と格差の存在を感じている生活者の感覚が正常なのだと思う。


○「格差社会」については前回のエントリーでもとりあげたが、「景気回復」といわれているにもかかわらずどうして「豊かさ」の実感が伴わないのだろうか。

 私は、その最大の理由は社会の「安心」と「安全」が脅かされているからに他ならない、と考えている。

 どうして「安心」と「安全」が脅かされているかについては前回のエントリーでも書いたが、それに加えて「おかにゃん」さんのエントリー(格差社会,助さんはどう思う?)にTBしていた「katu992001」さんのエントリー(最近事故が多発する原因)で指摘されている現場労働者のモチベーション低下も一因だと思う。

 かつて、年功序列や終身雇用が保障されていた頃の現場労働者は、企業の命運が自らの命運でもあったため、それこそ身を粉にして働き、高度経済成長と言われたこれまでの日本社会を支えてきた。

 しかし、katu992001さんが指摘しているように、今や多くの現場は丸投げの下請けや平均年収300万円と言われる派遣労働者で占められており、企業業績が回復しても直接自らの待遇に反映されない「仕組み」となってしまった。

 政府や財界は「高コスト体質改善」とうたい、専ら人件費削減に的を絞ってこうした「仕組み」を作っておきながら、今になって、現場労働者にだけかつてのような高いモチベーションを持てというのは、余りにもご都合主義というものであろう。

 しかも、こうした「仕組み」が、ちょっとしたミスが直接人の命にかかわる公共交通機関などにも拡がっているため、ますます社会の「安全」が脅かされているのではないだろうか。

 マスコミを始め、多くの方は事故が起きた時だけ声高に「安全」を主張する傾向にあるが、本当に「安全」や「安心」が重要と思っているのであれば、私はこうした「仕組み」の見直しにこそ手をつけるべきと考える。

○最近乗った地下鉄車内に「豊かさの基本は安心と安全」という中吊り広告が貼られていたが、まさにそのとおりで「安心」と「安全」が脅かされているからこそ、いくら「景気回復」といわれても今の社会には「豊かさ」の実感がないのだと思う。

 冒頭の記事では、格差社会を真正面から論じるためにこそ、地域の暮らしやすさなど、地道な豊かさ指標を作り上げることが必要と指摘しているが、そうした指標を作るのであれば、やはり「安心」と「安全」を評価の柱にするべきではないだろうか。
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by azarashi_salad | 2006-05-07 05:13 | 社会 <:/p>

▲やっぱり「格差拡大景気」だろう。

a0008617_1738343.gif●<景気拡大期>ふさわしい名前は?(毎日新聞) - 5月1日

 11月まで続けば「いざなぎ景気」を超えて戦後最長となる今の景気拡大期だが、まだ名前が付いていない。過去の拡大期のような勢いがないせいか、地方などへの広がりが弱く実感が薄いからなのか……。内閣府は「我々は名前を付けません」と知らぬ顔だが、このままでは落ち着かない。さて、どんな名前がふさわしいだろう。

○記事中でも「実感なき景気拡大」と表現されているが、給与所得は増えないのに税金や公共料金、教育費などの家計支出は増える一方。
 これが大多数の国民の感覚であり、景気の回復を実感しているのは「小泉改革」で潤った一部の「勝ち組」のみというのが本来の姿ではないだろうか。

 小泉首相は「格差が出るのは別に悪いことだとは思っていない」(二月一日、衆院予算委)と主張しているが、私は、以下の2点について問題が大きいと考えている。

○ひとつは、格差が拡大すると社会から「安心」が損なわれるということ。

 このところ、「一億総中流」といわれていた少し前には考えられなかったような自己中心的な犯罪や違法行為が増えているような気がしてならないが、その背景にもこうした格差拡大の影響があるのではないだろうか。

 人は誰でも、できれば「負け組」よりは「勝ち組」になりたいと思うのは自然であり、そのためには「自分さえよければ」と手段を選ばずに違法行為に走る者や、違法とは断言できないとしてもグレーな行為に走る者がでてくるものである。

 例えば、最近は世田谷区などで有名人の留守宅を狙った泥棒が増えているそうだが、こうした犯罪を犯す者にも「こいつらは良い思いをしているから少しぐらい盗んでも構わない」という「盗人にも三分の理」の心理が働いているのかも知れない。

 このように「格差社会」とは、他者をおもんばかる社会とは違って「自分さえよければ」という考えを増長する社会ともいえるから、上記のような非合法行為は別としても、例えば電車内での通話や列の割り込み、ドアの前に平気で座り込む若者など、社会のあらゆるシーンで「自分のことしか考えない」者が横行し、結果として社会から「安心」が損なわれているのではないだろうか。

○二つ目は、格差が拡大すると選択の自由(とりわけ安全)が奪われるということ。

 少し前のエントリーでスカイマークエアラインのことを取り上げたが、消費者にとってエアラインの「安全性」という要素は、本来妥協できない要素のはずである。
 例えば「経済性」(運賃)と「快適性」(デラックスシート)の選択であれば、選択の自由が多少損なわれても致命的な問題とはならないが、実態は「経済性」と「安全性」の選択になりつつあるところが恐ろしい。

 これは、別にエアラインに限らず食べ物などについても同じ事がいえるのではないか。

 BSE問題など「食の安全」も私たちの生活とは切り離せない問題だが、生産地や飼料が特定できたり、無農薬や有機栽培などとうたった食材は決まって割高であり、どうしても「経済性」という単一要素に縛られる世帯では、そうした材料ばかりを選んで購入することは困難である。

 つまり、所得にある程度余裕のある世帯では選択の自由が拡がっていいかも知れないが、所得に余裕のない世帯では「経済性」という単一要素にのみ縛られてしまい、例えば「安全性」を考慮して別のエアラインを利用したり、産地のはっきりした食材を購入するという「選択の自由」が奪われてしまっているのが現実ではないだろうか。

 こうした状況を考えると、今の景気を表す表現として「格差拡大景気」ほどふさわしい名前はないと思うのだが。
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by azarashi_salad | 2006-05-01 12:01 | 政治 <:/p>