▲いじめと生きる【第1部ドラえもんのいない世界で】を読んで

a0008617_913852.gif●前回は毎日新聞の新春特集「ネット君臨」についてエントリーしたが、今回紹介する、中日新聞で元旦から連載されている特集「いじめと生きる」はなかなかの秀作。

○第一回(1月1日)の「①四層構造」では、いじめが進行する基本構造として「加害者」「被害者」「観客」「傍観者」による四層構造を指摘した上で、それぞれにドラえもんの登場人物である「ジャイアン」、「のび太」、「スネ夫」、「しずかちゃん」を重ねる。

 そして、「ドラえもん」の作者・藤子氏が、四人の設定上の構造は「一つのシンプルな社会の形」と語ったことを紹介しながら、藤子氏が描きたかったのは普通の現実、そこにはいじめが存在しているから、そして、それを主人公(のび太)が生き抜いていくからこそ、人はこの物語に惹きつけられるのではないか、と分析する。

 一方、教育界(文部科学省?マスコミ?)が叫ぶ「いじめ根絶」のスローガンに対しては、「人のつきあいに軋轢はつきもの。犯罪行為は別だが、全てのいじめを無くせば子供を触れあわせるなということになる」との言葉とともに、「どくさいスイッチ」という道具を使って、気に入らないジャイアンをはじめ周り全ての人を消してしまったのび太が、最後に後悔して「ジャイアンでもいいから、でてきてくれえ!」と叫ぶシーンを紹介する。

 取材班がこの回で主張したかったことは、最後にこう書かれている。
なくせないものを「あってはならない」の建前で覆えば本質は逆に見えなくならないか。

○第二回(1月3日)の「②流される」では、「いじめを成立させているのは、スネ夫やしずかちゃんかもしれない」と、いじめの当事者ではなくて「観客」や「傍観者」である周囲に注目する。

 これについて、記事中で興味深いデータを2件紹介している。
①いじめの起きているクラスと起きていないクラスで、いじめにつながる行為を認知したときにどう対応するかを聞いたところ、「加担」を選ぶ生徒の割合は大差なかったのに、「傍観」の割合は、いじめの起きているクラスの方が、起きていないクラスの2~3倍に達し、「仲裁」は逆に起きていなかったクラスが2倍近かった。

②イギリスやオランダでは中学2年か3年になると、いじめの「傍観者」は減少に転じる一方、「仲裁者」は増加に転じるか減少が止まるのに対し、日本は学年が上がるほど「傍観者」が増え、「仲裁者」は減り続ける。

○どうしてこのような結果になるかについては、「テロや災害の発生で不安にかられ、多数派や強い側に守ってもらいたいというのが今の社会。その空気を吸って育つ子ども達が(周りから)異物と見られるのを恐れて傍観者的になるのは当然」と、大人社会の反映を指摘する。

 最後に紹介するドラえもんの1シーンが、如実にそれを物語る。
催眠術にうまくかからないのび太をジャイアンが殴るシーンを見て、スネ夫がこうつぶやく。
「かかったふりをしていればいいのに、ばかだな」

○現実の社会には、いつも「のび太」を助けてくれる「ドラえもん」はいない。
 それでも、私たちはこの社会で生きて行かなくてはならない。
 そのためには、私たち一人一人はどう立ち回るべきか。
 「スネ夫」や「しずかちゃん」になることは本当に正しいことか。

 お正月という、お年寄りから小さな子供まで家族みんなが揃うまたとない機会に、「いじめ」という社会問題を身近に考えさせてくれる非常にタイムリーな企画と評価したい。
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by azarashi_salad | 2007-01-03 10:21 | 社会 <:/p>

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