△「公」意識はトップダウンこそ重要

a0008617_23451576.gif●「私」でなく「公」の意識を(中日新聞社説:12月31日)
 二〇〇六年が暮れます。振り返れば、あちこちで「私(たち)さえ良ければいい」という自己中心主義が目立つ年でした。あらためて「私」と「公」を考えます。
 「賢い主婦はスーパーで手前に並んでいる古い牛乳を買う」
 日本新聞協会が募集した「新聞広告クリエーティブコンテスト」の最優秀賞に選ばれた作品「エコ買い」の惹句(じゃっく)です。牛乳パックに記したこの言葉の横に説明書きがあります。
 <自宅の冷蔵庫では古い牛乳から飲んでいるのに、スーパーでは新しい牛乳を買っていませんか? 新しいのから売れていくと、そのぶん古い牛乳は売れ残ってしまいます>

○本日大晦日の中日新聞社説は、今の日本社会について次のように警鐘をならしている。
 日本の社会が平等、公平重視から競争、効率優先に変わり、貧困や失業、病気などさまざまなリスクを直接個人に負わせる構造に変質しかけているようです。「小さな政府」政策や規制緩和などの“改革”で、社会保険や補助制度といった安全ネットがほころび始めたからです。
 こういう世の中でいいのですか。「私」中心の生き方は、リスクの個人化と重なって、「私」へのしっぺ返しを招きかねません。社会全体の幸福を考える、新しい「公」の創造と参加が求められます。今年の漢字に選ばれた「命」は、地域と人が支え合ってこそ守られ、輝きます。

 個人的には、この社説の主張に頷ける部分も多いのだが、一つだけ欠けているとすれば、こうしたとりくみはボトムアップではなくてトップダウンが重要ではないかという点である。

○社説では、「電車の中で足を投げ出して座ったり、携帯電話を使ったりする姿はもう日常茶飯です。図書館で借りた本のページや写真を切り抜いたりする被害も増えたといいます。」と社会全体の「公」意識低下を嘆く一方、「会社の利益になるなら何をやってもいいというモラルハザード(倫理観の欠如)も目に余りました。ガス機器メーカー「パロマ」の湯沸かし器をはじめ、エレベーターやシュレッダーなどの不具合が発覚し、製品の安全性を軽視した死傷事故が相次いだのはその例でしょう。」と日本経済を牽引する企業もこうした個人と何ら変わりがないと指摘する。

 にもかかわらず、社会全体の「公」意識を見直す具体的な対応策として、上の引用で紹介した牛乳のように一番最初に市民の行動を例にあげるあたりがどうにも違和感がある。

 そもそも市民の意識が「公」から「私」中心になったのは、やたらに競争主義や効率重視を主張してきた経済団体や、安易に自己責任という言葉を多用してきた政治家達による影響が大きいのではないか。
 ならば、市民の意識を「私」から「公」に変えるのも、ボトムアップではなくてトップダウンでなければいけないのではないか。

○振り返って、この国のトップと言われる方々は何をしているのだろう。

 自らが会長を務めた企業が「偽装請負」を行っていたにもかかわらず、何ら社会的責任をとることなくその地位に留まり続ける前及び現日本経団連会長。
 村上ファンドに多額の自己資金を預けて私腹を肥やしていたにもかかわらず、今も平気でその地位に留まり続ける日銀総裁。
 「小さな政府」を目指して税金の支出を徹底して効率化することが仕事のハズなのに、「効率化」どころか自らの政治資金収支報告書を偽装し、国民に対して十分な説明も行わない前行革担当大臣。

 上げればキリがないのでこの辺でやめておくが、本気で日本社会に「公」意識を取り戻したいのであれば、まずはこうしたトップの「公」意識から変えることが必要だろう。
[PR]

by azarashi_salad | 2006-12-31 16:05 | 政治 | Comments(0) <:/p>

<< ♪新年のご挨拶。 ▲「サラリーマン以外」優遇社会? >>