▲やっぱり「格差拡大景気」だろう。

a0008617_1738343.gif●<景気拡大期>ふさわしい名前は?(毎日新聞) - 5月1日

 11月まで続けば「いざなぎ景気」を超えて戦後最長となる今の景気拡大期だが、まだ名前が付いていない。過去の拡大期のような勢いがないせいか、地方などへの広がりが弱く実感が薄いからなのか……。内閣府は「我々は名前を付けません」と知らぬ顔だが、このままでは落ち着かない。さて、どんな名前がふさわしいだろう。

○記事中でも「実感なき景気拡大」と表現されているが、給与所得は増えないのに税金や公共料金、教育費などの家計支出は増える一方。
 これが大多数の国民の感覚であり、景気の回復を実感しているのは「小泉改革」で潤った一部の「勝ち組」のみというのが本来の姿ではないだろうか。

 小泉首相は「格差が出るのは別に悪いことだとは思っていない」(二月一日、衆院予算委)と主張しているが、私は、以下の2点について問題が大きいと考えている。

○ひとつは、格差が拡大すると社会から「安心」が損なわれるということ。

 このところ、「一億総中流」といわれていた少し前には考えられなかったような自己中心的な犯罪や違法行為が増えているような気がしてならないが、その背景にもこうした格差拡大の影響があるのではないだろうか。

 人は誰でも、できれば「負け組」よりは「勝ち組」になりたいと思うのは自然であり、そのためには「自分さえよければ」と手段を選ばずに違法行為に走る者や、違法とは断言できないとしてもグレーな行為に走る者がでてくるものである。

 例えば、最近は世田谷区などで有名人の留守宅を狙った泥棒が増えているそうだが、こうした犯罪を犯す者にも「こいつらは良い思いをしているから少しぐらい盗んでも構わない」という「盗人にも三分の理」の心理が働いているのかも知れない。

 このように「格差社会」とは、他者をおもんばかる社会とは違って「自分さえよければ」という考えを増長する社会ともいえるから、上記のような非合法行為は別としても、例えば電車内での通話や列の割り込み、ドアの前に平気で座り込む若者など、社会のあらゆるシーンで「自分のことしか考えない」者が横行し、結果として社会から「安心」が損なわれているのではないだろうか。

○二つ目は、格差が拡大すると選択の自由(とりわけ安全)が奪われるということ。

 少し前のエントリーでスカイマークエアラインのことを取り上げたが、消費者にとってエアラインの「安全性」という要素は、本来妥協できない要素のはずである。
 例えば「経済性」(運賃)と「快適性」(デラックスシート)の選択であれば、選択の自由が多少損なわれても致命的な問題とはならないが、実態は「経済性」と「安全性」の選択になりつつあるところが恐ろしい。

 これは、別にエアラインに限らず食べ物などについても同じ事がいえるのではないか。

 BSE問題など「食の安全」も私たちの生活とは切り離せない問題だが、生産地や飼料が特定できたり、無農薬や有機栽培などとうたった食材は決まって割高であり、どうしても「経済性」という単一要素に縛られる世帯では、そうした材料ばかりを選んで購入することは困難である。

 つまり、所得にある程度余裕のある世帯では選択の自由が拡がっていいかも知れないが、所得に余裕のない世帯では「経済性」という単一要素にのみ縛られてしまい、例えば「安全性」を考慮して別のエアラインを利用したり、産地のはっきりした食材を購入するという「選択の自由」が奪われてしまっているのが現実ではないだろうか。

 こうした状況を考えると、今の景気を表す表現として「格差拡大景気」ほどふさわしい名前はないと思うのだが。
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by azarashi_salad | 2006-05-01 12:01 | 政治 <:/p>

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