【ニュース記事品質強化月間】▼世間ではそれを「捏造」という

a0008617_12503556.gif●編集局長を更迭 誤報で埼玉新聞社(共同通信 11月3日)
 埼玉新聞社は、体育祭が中止となったにもかかわらず開催されたと誤報した責任を取って、野口晴久編集局長を更迭するとともに、丸山晃社長の編集主幹を解く人事とおわびを3日付の紙面に掲載した。後任の編集局長には細田孟編集局総務が就任。記事を執筆した記者も辞表を提出、受理された。
 埼玉新聞社は10月22日付朝刊の地域面に「親子で汗流す」という見出しで杉戸町民体育祭の記事と写真を掲載したが、実際は雨で開催されなかった。
 同社の調査によると県東総局の記者が、確認しないまま、昨年の資料写真とともに出稿、編集局のチェックをすり抜けて掲載された。
 丸山社長は「編集上の責任を取り、襟を正し、読者の信頼に応えるためにも、厳しい処分とした」と語った。

○先日の記事(△不完全の見本のようなニュース)のコメントでも書いたのだが、どうしようもなく身内に甘いマスコミの体質は、なにも変わっていないようだ。

 処分のことをいっているのではない。

 編集局長が更迭されたり記事を執筆した記者が辞表を提出したことは、確かに厳しい処分だなあと思うが、その事実を伝えるこの記事のことを言っているのだ。

 実際に行ってもいない体育祭の記事と写真を載せるなんて、世間ではこれを「捏造」というが、マスコミ業界では「誤報」というのだろうか。

○もちろん、誰にでも「ミス」はあるし、「ミス」を完全に無くすことは不可能なので、マスコミも含めてお互いに余り厳しく批判する社会風潮はいかがかな、と私も思う。

 しかし、先日の東証のシステムトラブルをはじめ、マスコミは、日頃から何か「ミス」があると「そこまで言わなくてもいいのでは」と思うほどバッシングする傾向がある。

 その一方で、今回の「捏造」のように意図的な欠陥にもかかわらず、あたかも「うっかりミス」のように「誤報」と報じるのは、いくら何でも身内に甘すぎるだろう。

 「ミス」を厳しく批判しろとは言わないが、意図的な欠陥は無くすことができるので、マスコミも含めてもっと厳しく批判されるべきではないだろうか。
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by azarashi_salad | 2005-11-03 20:42 | 社会 <:/p>

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