☆事実の考え方

●今からもう20年近く前に書かれた柳田邦男氏の著書です。

 はじめて事故現場に立つ記者は、往々にして印象だけで距離や範囲をリポートしてしまう。こういう誤認リポートは、多くの事故や災害でしばしば起きている。

 毎朝新聞を開くと、原因を推定する記事がいろいろな形で出ていた。その度に「抜かれた」と思ったものだった。ところが、調べてみると、そういう記事の中身は、大抵記者の推理でまとめたものに過ぎず、確固たる証拠があるわけでもなく、時には誤報でさえあった。

 一年以上経ち原因調査が進んだ段階で振り返ってみたところでは、事故直後に報道された原因関係の記事の半分以上は誤報あるいはそれに近いものであった。

 勝部記者は事故直後から、「中途半端な推定は書かなくてもよいから、一年かけてでも決定的なものをつかんでから記事にしろ」といってくれたので、無理な記事を書かないでもすんでいた。

 このとき私は、取材とは何か、事実を確認するとはどういうことなのか、裏付けを取るとはどういうことなのかについて、徹底的に学ばされたように思う。
 (「事実の考え方」より)

○ニュース関連のブログを運営している関係上、私も何冊か報道関係の本を手にしましたが、この本の「速報の思考、追跡の思考」に書かれていた上の文章が、強く印象に残っています。
 これは、1966年に発生した連続航空事故について、柳田氏が当時の記憶を振り返って書いたものですが、それから40年近く月日が経ち、事故報道のあり方が当時からどのように変わったのか、今回の尼崎脱線事故における報道について、あらためて考えてみるといいかも知れません。

 昨今は、こうした事故や災害がある度に、被害者感情を逆なでするようなインタビューや、わずかな情報をもとにした憶測だらけの事故原因推理などに対してブログ上でマスコミ批判の声が高まります。しかし、今回の事故報道については、もしかするとこうしたネット上の声が少しは届いたのか、新聞報道に一定の変化の兆しが見られるような気もします。
 例えば、毎日新聞の以下のような記事は、これまでの事故・災害報道ではあまり見られなかったと思うのですが・・・。

●<尼崎脱線事故>近隣の従業員ら救助に活躍 震災を教訓に [ 04月30日 21時25分 ]

 JR福知山線の脱線事故では、消防隊が本格的な救助を始める前から、近隣の町工場や中小企業の従業員らが活躍した。「阪神大震災を思い出し、体が勝手に動いた」という。107人の犠牲が出た凄惨(せいさん)な現場。だが、震災を経験した尼崎の下町ならではの助け合いの心が息づいていた。

●<尼崎脱線事故>救命・救助活動で「トリアージ」実施 [ 04月29日 19時09分 ]

 兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故では、治療が求められる緊急性に応じて負傷者を選別する「トリアージ」や、阪神大震災で多発した「クラッシュ症候群」を防ぐ治療が、組織的に実施された。過去の教訓を踏まえた災害医療での救命・救助活動が本格的に展開された。

●<尼崎脱線事故>あしなが育英会が募金呼びかけ JR新宿駅 [ 04月30日 10時48分 ]

 病気や事故、自殺で親を亡くした子供たちの進学を支援している「あしなが学生募金事務局」と「あしなが育英会」は30日、東京都新宿区のJR新宿駅西口で、JR福知山線脱線事故によって親を失った遺児のために募金を呼びかけた。
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by azarashi_salad | 2005-05-03 13:39 | お薦め <:/p>

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