【備忘録:組織と市民運動】

市民運動の「目的」は本来「自己要求の実現」のはずなのに「組織」をつくるから内輪もめしたりして余計なエネルギーを消費する。そもそも「市民運動」に「組織」なんて不要なのだ。

「組織」を作ると自分で考えて行動するのではなく「誰かに引っ張ってもらおう、自分はそれについて行こう」という「依存型市民運動」に陥りがちだ。そういう意味で「市民運動」において「組織」はメリットよりもデメリットの方が大きい。311以前と以降の双方で市民運動を実践した者の経験則だ。

組織論でよく「数は力なり」と言われるが、(自分も含めて)何の権限も持たない「烏合の衆」が「数」だけ集まっても「市民運動」では余り効果が無い。これは署名などでも同じことが言える。

「市民運動」では決定に権限を持つ者の「数」を集めてこそ効果がある。だから市民が本当に「目的」を達成したければ、どうすればそういう「数」を集めることが出来るか、を再優先で考えないといけない。

愛知でがれき受け入れが止まったのは、決して多数の市民が反対したからというわけではなく、県内全ての自治体が反対に回ってくれたからだ。(もちろんそのために行動した市民はいたが決して多数ではなかった)
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大阪もあと一歩だった。大阪市が平松市長のままなら恐らく愛知と同じ結果になっただろう。

当初はガレキ広域処理に前のめりだった宮城県からの搬出が止まったのも、宮城県議会が全会一致で森の防潮堤を推進することを決定したからだ。つまり決定の権限を持つものの「数」を集めたから出来たのだ。

一方、必要性が失われても岩手からのガレキ搬出が止まらなかったのはなぜか、岩手では共産党も含めて与野党全ての党派がガレキ広域処理を推進することを決めたからだ。

達増県政の元で岩手の放射能汚染は隠蔽され、不要ながれき広域処理で復興予算は無駄遣いされ、今は「指定廃棄物」の焼却問題で被災者・住民が苦しんでいる。

だから、岩手県知事選が無投票選挙になることは、決して自民党の敗北などではなく「市民運動」の敗北と見るべきなのだ。


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by azarashi_salad | 2015-08-15 06:24 | 政治 <:/p>

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